私が子どもたちの為に出来ること|成長と共に変わる親の役目

毎日目まぐるしく過ぎていく日々の中でふと、私は子どもたちの為に何をしてあげられているのだろう?と疑問に思うことがありました。

子どもたちが成長するにつれて、親としての役割が少なくなっていくような気がして、数年前の私だったらきっと

やっと手が離れてよかったじゃん、好きなことして過ごしなよ!

なんて、言っているかもしれませんが今実際にその状況に立つと寂しさもあります。

今までの私の役割と、今の私の役割、これからの私の役割を考えてみました。

※2026.6.9更新時の私の考えです。これから、私自身が更に子どもたちと過ごしていくなかで役割が変わることもあるかもしれませんが、今の私の記録路して更新します。

怒ってばかりの毎日からの脱却

子どもたちが小さいころから私はよく怒っていたと思います。

やって欲しい事をやらない、やってほしくないことをやる。イライラばかりして、そのイライラを自分の中で消化できずに態度に出したり。

怒られて泣く姿にまたイラっとしたり。

今思えば何をそんなに怒っていたの?というくらい、毎日すごく怒っていました。

ある時ふっと、

私はこの子たちがいなかったらどうしようもない人生だったかもしれないのに、私をここまで育ててくれて楽しくさせてくれたのは子どもたちではないのかな?

と、思うと、感謝すべき子どもたちになぜこんなに怒っているのだろう?と疑問に思い始めました。

疑問に思いながらも、何も変わらない、変えられない私のままでしたがある日ふと気づいたら、家族みんなで行動することが減っていたのです。

日用品の買い物などだって、みんなで一緒に行ってたはずなのにいつの間にか夫婦2人だったり末っ子たちと4人だったり…。

長女はほんの一時期ですが、家族で旅行に行くことも嫌がりました。

その時私はすごくショックだったのを覚えています。

その時、長女と話しそして主人とも話しながら今の私の役割が見えた気がしました。それが正しいのかは分かりません。しかし、今私が出来ることは怒ることではなく見守ること、だと感じました。

昔の私の役割|妊娠中~幼少期【守るという役割】

妊娠中から幼少期くらいまでは、子どもたちを守らなければいけないという使命感が強かったように感じます。

妊娠中であれば、お腹の中でしっかり成長してほしい、ある程度の体重になるまではしっかりお腹の中で育てたいと強く感じ、生まれてくれば世界一の可愛さと共に、何もできない赤ちゃんの世話が24時間体制で始まります。

少し大きくなれば、離乳食が始まりアレルギーの心配をしてみたり、全然食べてくれないと頭をかかえてみたり。つかまり立ちやよちよち歩きが始まれば、家中の危険なのもを手の届かないところにしまったり、ぶつけても痛くないようにと工夫をしたり。

保育園や幼稚園に行きはじめたら、少し手が離れてたかな?と思うのもつかの間…

はやりものの病気はすぐにもらってくる、家族内感染で家の中はカオス🫠(笑)

お友達とのやりとりも増え、楽しい事が増える半面トラブルに巻き込まれることも。環境の変化で、子どものメンタルが乱れたり、激しく遊んでケガが増えたりと…

子どもたちを、【守る】という役割意識が強かったように思います。

危ないことや、やってはいけないことを教える、伝える。集団生活が始まり、人間関係が少し複雑になっていく中で子どもたち自身が学ぶこと、親や先生が伝えること。

この段階にずっといた私は、怒ってしまうことが多かったように感じます。

しかし振り返れば、この時にしっかりと子どもたちに向き合い、話をして良かったことは褒め、危ないことは何度も伝えてきたことによって現在の子どもたちの土台ができたのだと思っています。

この時の私の役割は、しっかり果たせていたのではないかな?と思います。

もちろん足りなかったこと、過剰になりすぎたこと、たくさんあります。

今の私の役割|現在やっていること【見守る、そして助ける】

そんな幼少期を経て、今下は小学生~上は中学生になりまだまだ怒ってしまうこともありますがやはり、幼少期から比べればかなり減ったように思います。

個人差はもちろんあれど、ある程度の土台ができたからだと思います。

しかし長女の、旅行にも一緒に行きたくないという心の内を聞きショックと共に私の欠点を探しました。きっと、そう思わせてしまっているのは少なからず自分の行動が原因な部分もあるのだろうと。

正直、すぐには分かりませんでした。

私の行動だけではなく、家族それぞれの感情や考え方、接し方あらゆるところに何かがあったのかもしれません。

私だけでどうにかなる問題なのかも分かりませんし、他の家族の影響があるのであれば私にはそれを変えることが難しいのでどうしようもないことだと思いました。

が、とにかく長女と話をしました。

そこで見えてきたのは、個人の時間の使い方です。

今までは、なんでも家族一緒!という感じで過ごしてきましたが、やはり成長に伴い個人で過ごす時間が欲しいとのことでした。

家では、各々好きに過ごすことが多いですが1人の時間が欲しいと伝えてきてくれました。

その時、私の中で【守る】が重点ではなく、【見守る・助ける】に重点を置こうと思いました。もちろん子供を守ることは、親の務めでもあると思いますがいつまでも守られてばかりでは身につくものも身につかないと考えました。

思春期の長女|距離感と話せる環境

長女が旅行やお出かけに行きたくなくなってしまったのは、家族との距離感が今の彼女にとって少し近すぎたのかもしれません。

家の中で、各々好きなことをしているとはいえ、末っ子が喧嘩を始めてうるさい、何かやっているときに長男が話しかけてきて気が散る、まだ入りたくない風呂に入れと急かされるなど自分の思い通りにいかないことが増え、不満に思うことが増えてきたのだと思います。

もちろん、親としてはそんな長女に気を使っている部分はありますが、親だけでどうすることができる問題でもありませんでした。

具体的な対策として、お出かけは強制しない。という方針を取りました。

やはり、今までみんなで出かけてるのが当たり前だったので最初は寂しい気持ちもありました。一人での長時間の留守番など、心配な面もあります。

【守る】行動を優先していたら、長女の意思よりも心配だからと連れて行ったと思います。しかし、もう中学生。自分で考えて行かない選択をするのであればそれを尊重し、【見守る】事にしました。

今の彼女は、自分が行きたいと思えば一緒に行くし、他にやりたいことがあれば留守番をするしと自由に選択できることによって家族とのいい距離感を保てているのではないかな?と思います。

そして基本、話したくないことは話さなくていいし、話したいことがあればいつでも話してくれていいよ!というスタンスです。

くだらないこと、学校や塾での出来事など割と話をしてはくれるほうだとは思います。しかし、言いにくいことはなかなか話せないと思います。いやな事、辛かったこと、親には言えないことたくさんあると思います。

全てを親に話して欲しいとは思っていませんが、周りにいる誰かに助けを求められるように伝えておくことが、親としてできることなのかな?と思っています。

子どものスーパーヒーローがいつまでも親であるとは思っていません。

しかし、助けてほしい時に助けてあげられる存在でありたいと思います。

高学年男子|やりたい、やりたくない、できない!に対応

長女にフォーカスを当ててきましたが、もちろん長男も【守る】から【見守る、助ける】に切り替わったと思います。

長男は、まだまだ幼い面もありつつ思春期に片足突っ込み始めた年齢でもあるのでメンタルが安定していたり不安定だったり。日によります(笑)

ただ長男は意思がハッキリしているので、やりたい・やりたくないがとても分かりやすいです。この年齢になってやっと、やりたくないけれどやらなければいけないことを少し理解し始めたと思っています。

散々、言ってきた成果だと私は思っています(笑)

やりたくないけれど、やらなければいけないことをやるかどうかの判断は彼に任せています。大抵は、やりたくないという気持ちがあるだけで自分で出来ることなので基本は見守り体制です。好きなように、好きな時にやればいい、やらない選択をするのも自分自身だと思っています。

ただやりたいことがあるのにできない時は、私たち親がサポートしたり、長男が助けてほしいと言えば手を貸すことをしています。

最近では、サッカーがいい例です。

長男は最近サッカーを習い始めました。本人がやりたい!と意思表示をしたので始めることにしましたが、サッカーの練習や試合に行くためには親のサポートが必要不可欠です。

長男の意見を尊重して、彼がサッカーをする為のサポートをすることにしました。

また、長男は高学年になってから始めたので、元々いたメンバーとかなり実力差があります。本人もそれは承知で入部しましたが、やはり目の当たりにすると自分自身の実力に納得のいかないこともあるようです。

しかし、1人でする自主練にも限界はあります。

長男はパパにサッカー練習に付き合って欲しいとお願いをしました。

助けてほしいという事です。主人はサッカー経験者です、もちろん彼の実力がまだまだ未熟なことは分かったうえで彼の練習するべきところを一緒に練習してあげるようになりました。

長男が、友達とサッカーがしたいときは無理に自主練したりはしません。本人のやる気とその時の状況で練習に付き合ってあげます。

もちろん、主人も仕事があるので毎日付き合ってあげるのは難しいですが、できる限り長男をサポートしてあげようとする体制と整えてくれています。

やりたいことは好きにやらせ、やりたくないことは自己判断に任せ、できないことでサポートが必要なときはサポートする。母親の私だけではできないことも、父親もそのサポートに回ってくれるのは子どもにとっても良き存在になっているのではないかな?と思います。

低学年女子|【守る】と【見守る】の境目で出来ること

低学年は、まだ片足は幼少期と同じように【守る】が必要だと思っています。

まだまだ、行動も思考も未熟な部分が多いです。周りにつられて、やってはいけないことや相手の気持ちを考えない言動など様々あると思います。

しかし、そのような言動をしたりされたり、先生や友達など親以外に注意されながら学ぶことも多いと思います。

基本は、【見守り】体制でいますが、どうしても自分で対応できない助けてもらわないといけないと感じる時はしっかり助けます。

末っ子の片方は、学校の水泳の授業を昨年度から受けれていません。最初入った時から、完全にトラウマになってしまいました。

何度も本人と話をしましたが、昨年度はそれ以降入ることができませんでした。

そして今年度。そろそろ水泳の授業が始まります。本人は、すごく嫌がり「入らない」という対応しか方法を知りません。しかし、わたしはこの先のことも考え先生に相談し、末っ子が入れるようにと方法を考えて、本人と話をしてくれたそうです。

末っ子も、先生と話して対策があることを教えてもらい少し安心したのか「入れる気がする」と、前向きな気持ちになってくれました。

これは、本人の嫌だという気持ちも尊重しつつ、本人や親だけではどうにもできなかった事を先生に相談することで解決策が見えてきたので【見守る】よりも【守る】方に近いのかもしれませんが、解決策の見つけ方のいい例になったのではないかな?と思います。

まだまだ見守るだけでは足りない部分は、親が補いつつも子どもたちの意見や思いを否定しないように上手く手助けしていければいいなと思うのが小学校低学年への私の役割だと思っています。

これからの私の役割|子離れと自分の人生

そう遠くない未来、子どもたちは自分のやりたい道に進み自由に外へ出ていくと思います。

その時に、いつまでも私自身が子離れできずに子どもたちの足を引っ張るようなことはしたくないと思っています。

子どもたちの夢ややりたいことを応援してあげながらも、私自身の人生を楽しむという役割も果たせたらと思っています。

親離れができない子ども、子離れができない親をたまに見かけますが、その時期が来るまでにたくさん子どもと関わりながら子離れ親離れの準備を進めていければと思います。

まとめ

子どもの年齢やその時の状況で、親としての役割が変わること。それが正しい役割なのかはきっと後になってからじゃないと分からないこともあるかもしれません。

私自身も、これで合っているのだろうか。子どもたちとの接し方や言い方、どこまで見守るのか、口を出すタイミングなど今も日々試行錯誤、悩みながら生活しています。

しかし、そうやって悩んでやってみて失敗してと繰り返すことに意味があると思っています。

何年か後に、あの時の自分を称賛できるように、あのときの後悔を生かすように努められるように過ごしていければと思います。

私自身の人生なので、子どもたちが100%ではありません。しかし、私の人生に関わって人生を変えてくれた子どもたちにしてあげられることはできる限りしていきたいとも思うし、見守るのも気合がいることですがきっとそれがこの先に繋がると信じて今を子どもたちと楽しく過ごしていければと思っています😊

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